おこりえないことがおこるとき 15.7.25

おこりえないことが、おこり続けています。

ふつうだとか通常という
見たり聞いたり、すでに知っているという
経験からすれば、おこりえない世界。

魂の憧憬にふれ
それを生きることが
いのちを全うすることなら
どうしていいかわからない
ただ、こっちだ!という感覚だけがやってくる
どうにもこうにも進めない
そんな時もありますね、あります。
いいんです。

そんな時はなにもしなくても。

いいんです。
そんな時こそ神(という存在があるなら)
それは、はたらいている。

そんな時は動けない、という自分を赦し
ただただ信頼してあげる。
そんな時こそ自分を超えたところで
宇宙と神ははたらいていて

滞りつづけるという現実を引き起こしながら
滞りつづけたからこその
道が開かれていく、ということがあります。
もうそれはマジカルに。

ありえない、と信じて疑わなかったことが
起こりえるのですから

人生ってわからない。
まさかの展開。
小さな宇宙、頭の世界を超えたところ
ハートを信頼して
理屈ぬきに信じつづけることから

ただただ今を
生き続けることを選ぶことから
たち顕われる、未知の道。
時にそれは
なにもしない時間がそこへと導いてくれます。

放たれたスペースに
じっとしていると
いのちの種が動きはじめる
そんな時間が訪れるのですね。

今日はマヤでいう時間を外した日。

時のめぐりに生まれる隙間
こころに感じるままに。

時が時へシフトする時空。
時の間にくつろいで
こころも、あたまも、からっぽにして
いのちの鼓動に意識をむけて
ハートの音をただ聞いてみる。

そんな時間を。
2015年7月25日。
いのちの目覚める朝に。

 

15.7.25