もしも私が100%の力を発揮したら、どんな困ったことが起きると思っているか? 15.8.9

もしも私が100%の力を発揮したらどんな困ったことが起きる、と思っている自分がいるのか?
というワークをしました。
あまりに面白すぎる。

自分でも驚くことが出てきました。
実験的にシェアします。
しばらくしたら削除するかも。

忙しくなり、へとへとに疲れてしまう。
それだけ自分を犠牲にしているということなので面白くない。
頑張ること=自分を犠牲にする、みたいな図式がいまだにある。
あるのかーーー。

そうではなくて自然に、もしも自分が自分であることで
発揮される100%のパフォーマンス、力が発揮されたら
ひとより上手く行き過ぎて嫉妬される。
ただでさえ、人の気持ちを察して控えめに自己表現しているのに
これで嫉妬までされたら、やっていられない。
そんな面倒くさいことはさけておこう。

何もしなくても注目されたりするのに、上手くいったりしたらだめだめ。
上手くいってしまうと目立ち、隠れていなくてはいけないのに
せっかく上手くいっても、人目を気にする必要があり
行きたいところにもいけず、やりたいこともできない。
今より不自由になる。

自分が注目されるなんて、あってはいけないこと。
注目されたら、どのように振る舞えばいいのかわからない。
期待にこたえられなくなり、愛されない。
ちょっと上手くいってしまって、注目されたあげく失敗なんてしようものなら
何を言われるかわからない。
そうなってしまったら最後。
だから大人しくしているのよ、みたいなインストール。

自分の力を100%出しきるということは
同意しない人の意見を、聞かなかった結果(自分の思う通りやった結果)
成立することで、誰かを犠牲にすることでなりたつ。
100%の力を発揮することは人に迷惑をかけることになるので、やめておこう。
自分の力を発揮せず、適度に隠れていると安心。
人の期待にもこたえられ、安定した人間関係が保てる。

自然に、もしも自分が自分であることで
発揮される100%のパフォーマンス、力が発揮されたら

すべて自分でできる大人になってしまう。
ものすごく豊かになって住む世界が変わってしまう。
そんな世界で、ひとりぽっちでどうして生きていけばいいのかわからない。

上手くいくとひとりぽっちになってしまう、という思い込み。
だから最初からひとりでいる。
上手くできないと、誰かと一緒にいられる。
あるいはだれかの問題を解決するために一緒にいる、とか。
だから、ひとと繋がるのはめんどくさい?とか。
素晴らしい私と一緒にいたいひとはいない、とか!
それ、ほんとう!?
でてくるままに、自由に書いてみると、面白すぎます。
これは創作ではないのか!?というくらいに。
そして、まさに人生を創作していたわけで!

しかも、100%の力を発揮したら、上手くいくと思っているという前提もある。
と、ほんとうにこんなこと思っていたのか!?ということが出て来る。
ここまで出て来るのは初めてで、というか
ここまで見ると決めて見たのがはじめてかもしれません!